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名古屋地方裁判所 昭和41年(ワ)990号 判決 1968年8月28日

名古屋市南区道徳本町七丁目六番地

原告 竹内徳夫

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 西岡勇

同 水谷美喜子

東京都品川区五反田三丁目七五番地

被告 養老商事株式会社

右代表者代表取締役 矢満田富勝

<ほか二名>

右当事者間の昭和四一年(ワ)第九九〇号損害賠償請求事件につき次の通り判決する。

主文

一、被告養老商事株式会社は原告らに対しそれぞれ金一、四八八、六五〇円ずつ、およびこれに対する昭和四一年二月三日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らの、被告養老商事株式会社に対するその余の請求を棄却する。

三、原告らの、被告伊藤光司および同本木桂治に対する請求を棄却する。

四、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告養老商事株式会社、その一を原告らの負担とする。

五、この判決の第一項は仮にこれを執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら。被告らは各自原告らそれぞれに対し、金一五〇万円およびこれに対する昭和四一年二月三日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二、被告ら。原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求めた。

第二、原告らの請求原因

一、事故の発生

原告らの長男訴外亡竹内邦夫は法政大学四年在学中昭和四一年二月三日被告養老商事株式会社が経営し、被告伊藤光司、同本木桂治が管理する東京都武蔵野市吉祥寺南町一の三飲食店「養老の滝第八十三支店」において学友二一名と共に懇親パーティを開催中右飲食店の二階座敷の窓から表通りのアスファルト路上に転落し、脳挫創、頭蓋底骨折の傷害を負い、その傷害により、翌二月四日午前九時二〇分死亡した。

二、被告らの過失

被告らの経営管理にかかる右飲食店の懇親パーティ会場にあてられた二階座敷の窓が床上三七センチメートルの高さであるにもかかわらず、手摺り(窓柵)がなかったこと。およびこのような危険な部屋をパーティの会場として提供使用させたこと。

これらは被告らの経営管理上の過失である。

三、損害の発生

(一)  邦夫の得べかりし利益 五、二七二、八〇〇円

(根拠)

(1) 邦夫の死亡当時の年令 二二才

(2) 就労可能年数     四一年

(3) 平均月収   三〇、〇〇〇円

(5) 生活費    一〇、〇〇〇円

(5) 年間純利益 二四〇、〇〇〇円

((30.000-10.000)×12=240.000)

(6) 就労可能年数四一年の場合のホフマン式計算による係数 二一・九七

(7) 計算式 240.000円×21.97=5.272.800円

右損害金を原告らは等分に相続した。

(二)  慰藉料

邦夫は原告らの長男で大学卒業間近の息子が突然の事故で死亡したことによって父母である原告らは精神的打撃を受け、それに対する慰藉料は、原告らそれぞれにつき一〇〇万円が相当である。

四、以上の次第で原告らはそれぞれ三、六三六、四〇〇円(昭和四一年八月三〇日付準備書面第二項の二、六三六、四〇〇円は誤記と思われる)の損害を蒙ったが、右のうち、一五〇万円ずつ、および本件事故発生の日である昭和四一年二月三日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の答弁

一、原告らの請求原因のうち原告らの長男訴外亡竹内邦夫が法政大学四年在学中、昭和四一年二月三日被告養老商事株式会社が経営し、被告本木桂治が管理責任者(支店長)であった東京都武蔵野市吉祥寺南町一の三、飲食店「養老の滝第八十三支店」において、右飲食店の二階座敷の窓から転落し死亡した事実および右座敷の窓が床上から三七センチメートルの高さであった事実を認めその余を否認する。

二、被告伊藤光司の主張

被告伊藤は昭和三九年一〇月一〇日から、同四〇年一月二三日迄、右飲食店の支店長として勤務したことはあるが事故当時は、右飲食店の勤務でなかったので責任を問われるいわれはない。

三、(一) 事故当時は厳寒期のため二階六畳の間の表側道路に面するガラス窓は閉め切ってあったのに学生らが窓を開けた。また学生ら二名が窓に腰掛けていたので被告本木が危険防止のためそれを中止させた。従って被告らに管理上の過失はない。

(二) 邦夫が転落死したのは、同人が酒に酔って寝た後起き上ってよろめいて転落したものであり、これは邦夫の過失であって被告らに過失はない。

(三) たとえ被告らに過失があったとしても、右の如く邦夫に過失があるから過失相殺さるべきである。

第四、証拠≪省略≫

理由

第一、争いのない事実

原告らの長男訴外亡竹内邦夫が法政大学四年在学中、昭和四一年二月三日、被告養老商事株式会社が経営し、被告本木桂治が支店長として管理する東京都武蔵野市吉祥寺南町一の三飲食店「養老の滝第八十三支店」において右飲食店の二階座敷の窓から転落死したこと、および右座敷の窓が床上から三七センチメートルの高さであったことは当事者間に争いがない。

第二、被告伊藤光司の責任

≪証拠省略≫によれば、被告伊藤は昭和三九年一〇月一〇日から同四〇年一月二三日まで右飲食店の支店長として勤務していたが、本件事故の発生の昭和四一年二月三日当時は支店長でなくなっているから本件事故につき何等の責任がないものと言わねばならない。

第三、被告会社、同本木の責任について

一、≪証拠省略≫によると、

「前記飲食店「養老の滝第八十三支店」は被告会社がその建物を他より買受けて昭和三九年五月頃開店し、一階にはスタンドテーブルを配置し、二階は表通りの六畳およびその奥の四畳半の二間を宴会用に使用し、酒、ビール、料理等を提供してきた。

昭和四一年二月三日午後六時頃、邦夫を含む法政大学学生一六名が右飲食店の二階六畳、四畳半の二間を使用して卒業祝の懇親パーティを会費一人当り一、〇〇〇円で始めビール、酒、やきとり等を飲食した。この六畳の間の南側道路に面してガラス窓(検証の結果は床上三六センチメートル)がありパーティが始まった頃は閉っていたが、その後階下のやきとりの煙が部屋に上ってきて、けむくなったので窓を開けた。また、その頃二、三人の学生が窓に腰掛けているのを被告本木が発見し危いから下りるよう注意したことがある。

同日午後九時一五分頃パーティが終って学生達が帰りかけた際六畳の間の柱付近で頭を南に向けて寝ていた邦夫が、井口、細川に起こされて柱に手をつき、その直後道路に面した前記窓に至り、よろけて足をとられて背を窓側に向けてアスファルト道路に転落した。

尚、事故発生二日後、右窓には横二七〇センチメートル縦四七センチメートルの鉄製の手摺りが取付けられた。」以上の事実が認められる。

二、一般に飲食店において宴会用に顧客に座敷を提供して、ビール、酒等のアルコール類を供する場合、飲食店の経営管理に当るものは、顧客の中には飲酒のため通常の場合より運動能力、注意力等が減退するものがあるから、その者等の動作上における危険を防止すべき設備を講じておくべきところ、本件の窓はその高さが床から三六センチメートルで、そのままアスファルト道路に面しているのだから酔客の動作する二階座敷の窓としては、転落の危険性があり、それを防止するためには右窓の床上からの高度を一段と高め或いは前示手摺りの設置等の必要があったと考えられる。すなわち右窓の高度は安全性を欠いていたものと言わなければならない。

三、被告らは当時は厳寒期のため窓は閉切ってあったのに学生らが開けたこと。窓に腰掛けていた学生を発見して被告本木が危険だからと注意し危険を防止したから被告らに経営管理上の過失はないという。

しかし、厳寒期とはいえ宴会が目的の部屋で窓が閉め切ったままであることは通常考えられず窓が開けられることは予期されるところである。

被告らにおいて、窓を開けることが危険であるから開けないようにとの格別の措置もなされず、窓を開けた一因が階下から煙が入ってくるので部屋がけむくなったからであることを考えれば、窓が閉め切ってあったという被告らの主張は理由がない。

また被告本木が窓に腰掛けている学生等に危険だからと注意して、それを中止させたとしても、それ以上にとくに、危険防止のための措置を講じたこともないのであるから、これをもって危険防止のための義務を果したとはいえない。

結局のところ、被告会社および被告本木において、右パーティが催されていた間、右窓についての安全性を確保していたことは認めることができない。

四、しかして被告会社は右支店の経営者で、被告本木は支店長であるから、被告本木は被告会社のため右支店の建物を占有する占有代理人、或いは被告会社の占有補助者の立場にあって、被告会社は右建物の占有者である。(所有者でもある)

五、従って被告会社は、右窓の安全性を欠いた点に建物の設置上の瑕疵の責任者として、本件転落事故について、その損害を賠償しなければならない。

もっとも原告らは被告らに対し一般の不法行為上の責任を追及しているもののようであるが、その主張事実自体に民法第七一七条の主張事実が含まれているから、被告会社は同法条の責任を免がれることはできない。

六、被告本木は右のごとく右支店の建物の占有代理人、或いは占有補助者であるから、右支店の管理者として被告会社に対する関係において管理上の責任の有無は別として、第三者に対しては右建物の設置上の瑕疵について責任は無いものと言うべく、又本件事故について一般の不法行為が成立するとしても、同被告は第三者に対し右窓を安全にすべき作為義務を独立に負っているものとは解することができない。

第四、損害額について

一、邦夫の得べかりし利益

≪証拠省略≫によれば、「邦夫は死亡当時法政大学四年在学中の二二才で同年中には同校を卒業の予定であり、卒業後は原告竹内徳夫が経営する竹内通商株式会社(ガソリンスタンド経営)に就職することが予定されていたこと、なお邦夫には特に病気はなく健康体であったこと」が認められる。

一般に年令二二才の者の就労可能年数は四一年であることは顕著な事実であるが、邦夫も又、将来四一年間就労するであろうことはこれを認めることができる。次に前記各証拠によれば邦夫の月間平均収入が少くとも三万円は下らないであろうことを認めることができる。生活費については昭和四一年日本統計年鑑によれば名古屋市における一世帯(世帯員四・三人)当りの平均消費支出高は五三、四一五円でこれを一人当りにすると約一二、四〇〇円となる。邦夫は将来、結婚し世帯主となるであろうことは予想されるところであるが、世帯主の生活費は他の世帯員よりも若干多く見積るべきであり結局生活費は、少くとも一五、〇〇〇円が相当であると考える。

就労可能年数四一年の場合のホフマン式計算による係数は二一・九七であるから、これによって計算すると、邦夫の得べかりし利益は、三、九五四、六〇〇円になる。(計算式(30.000-15.000)×12×2.197)

二、過失相殺について

前記認定の通り邦夫の転落死は同人が起き上って足をとられてよろめいたためであり、邦夫にも過失があって損害額について相殺されるべきである。

蓋し、邦夫は当時大学四年ですでに成人としての注意力、判断力等が備わっていたのであるから本件のような飲食店の二階で懇親パーティを行う場合窓から転落しないように自らも注意する義務があり、邦夫が酒に酔って寝ていたことが事故の一因であったとしてもそれは同人の過失というべきである。本件の前記の事情を総合すると邦夫に二分の一の責任があると認められるので、損害額についても、その二分の一を過失相殺する。

従って前記(1)の得べかりし利益の損害額は一、九七七、三〇〇円になる。

尚、弁論の全趣旨から、原告らにおいて右損害額を等分に相続したことが認められるから結局原告らはそれぞれ九八八、六五〇円ずつを相続したことになる。

三、慰藉料について

前記認定の通り、邦夫は原告ら夫婦の三人の男子の長男で法政大学四年在学中であり間もなく同校を卒業し、原告竹内徳夫の経営するガソリンスタンドに勤務する予定であった。こうした邦夫を本件事故によって失った父母としての原告らの精神的打撃に対する慰藉料は事故の責任の一端が邦夫自身にもあったことを参酌し、結局原告らそれぞれに五〇万円が相当であると考える。

第五、しからば被告養老商事株式会社は原告らに対しそれぞれ右得べかりし利益金九八八、六五〇円および右慰藉料金五〇万円合計一、四八八、六五〇円およびこれに対する本件事故の当日たる昭和四一年二月三日以降右支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務あるものと言わねばならない。

第六、よって原告らの請求は、被告会社に対しては右限度において正当としてこれを認容し、その余の請求はこれを棄却し、被告伊藤光司、同本木桂治に対しては失当としていずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき民事訴訟法一九六条一項を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 西川力一)

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